セミナーに行った。本を買った。お金も時間も、可能な限り惜しまなかった。
それでも朝、目が覚めると、これまでと同じ一日が始まるだけだった。
なぜ他人からの答えで、心から動けないのか
誰かの言葉に感動した。「そうだ、これだ」と実感した。
ノートに手書きでメモした。ハイライトした。
帰り道、少し足取りが軽かった。
でも翌朝、何も変わっていなかった。
でもきっと、これは意志が弱いのでも、本やセミナーの質の問題でもない。
正しい答えはかならずある。
本は優れた知恵を渡してくれる。
セミナーは確かにこころを揺さぶり感動さえ起こす。
しかしそれはすべて「誰かの声」から生まれた答えだ。
私が出した答えじゃない。
人は、他者の声で作られた答えを「自分のもの」としてなかなか受け取れない。頭では理解する。心は動く。でも身体が動かない。
なぜか。 そこに、「自分の声」がないからだ
自分の声だけが、一歩を生むし、行動が続く。
過去に眼を遣ってみよう。
人生で本当に動いたとき——例えば新しい仕事に就くと決めたとき、何かをやめる決断をしたとき、誰かに本音を話したとき。
そのとき、最後に背中を押したのは誰の言葉だったか。
他の誰かではなかったはずだ。
「自分が、そうしたい」という声だったはずだ。
外から与えられた答えは、地図に似ている。どれだけ正確であっても、私の足は動かない。動かすのはわたし自身が「そこに行きたい」と思う声だけだ。
自分の声で発せられた言葉には、力がある。
それは借り物ではなく、自分の中から出てきたものだから。
続かない理由の正体——ストーリーとイメージがない
「続かれない」という悩みを抱える人は多い。
意志が弱い。環境が悪い。タイミングが悪かった。
…違う。
続かないのは、「その先にある自分」が見えていないからだ。
イメージできていないからだ。
目標を立てるとき、多くの人は「何をするか」を決める。
でも「なぜそれをするのか」「その先にいる自分はどんな表情をしているか」——そのストーリーとイメージが、自分の声から生まれていない。
自分で作ったストーリーではないから、霧の中を歩くようだ。
自分で描いたイメージではないから、朝が来ても身体が動かない。
本当に続けられる行動の基盤には必ず「自分の声が生んだ物語」がある。
コーチング:自分の声がでてくる場
コーチング:「なに? スピリチュアル?」
...誤解している人は多い。
アドバイスをもらえる。特別な方法を教えてもらえる。悩みを聞いてもらえる。
…違う。
コーチングは、あなた自身の声を引き出す場。
コーチはあなたの答えを持っていない。あなたの中にしかないから。
コーチがするのは、
コーチが消えようとしながら問いを立てることだ。
-あなたがまだ自にかけなかった問いを。
-あなたの奥にある声が鳴りだすような問いを。
問いには、答えたくなるようにする力がある。
あなたの声が生まれ瞬間、どんな気持ちになるだろう?
新しいストーリーが、新しいイメージが、少しずつ輪郭を持ちはじめる。
そしてその時から、周りの景色が少し違って見えはじめる。
これを読んで、何かが動きはじめているなら
ここまで読みすすめてざわついたり、何かがかすかに動いているなら。
「そうかもしれない」という声が、わずかでも聞こえているなら。
その声は、まだ言葉にならなくていい。
ただ——その、自分の、心からの声、あるいは本音をもっと聞きたいなら、問いかけてくれる相手うぃ訪ねてみてほしい。
私がこの文章を書けたのは、言葉としてだけでなく、身をもってこのことをじっかんしているからだ。自分の声を見失った時期があった。降ってくる答えを探し続けた時期があった。そしてある日、自分の声が戻ってきたとき、目の前の景色が変わった。
だから私は、本心から持ち掛ける。
まとめ——あなたを動かすものは、最初からあなたの中にある
外からのの答えでは、動けない。
感動は、一晩で消える。
続かないのは意志のせいではない。
自分の声から生まれたストーリーとイメージが、まだないからだ。
人が本当に動くのは、自分の声が自分用の答えを発したときだ。
目標に向かって歩いているとき、すでに自分の地図を手に入れている。
描いたイメージに向かって自身の足で歩いている。
あなたを動かすものは、最初からあなたの中にある。
それを一緒に聞きに行こう。

