ただここに在ること

荒野を向いた女性のバックシャン

クライアントが進む力、すなわち原動力にフォーカスしてみた、欠乏を生めるにも行きたい場所へ行くにもエネルギー、経験値んどのリソースを知るためだ。

でもそのためにまず、この人が今どの座標に立っているのかを知らなければ、と気づいたとき少し立ち止まった。

何が見えているのか。 どこを見ようとしているか。 どこへ行きたいのか。

この三つを知らずに、ただ行動を促しても虚しい。地図のない旅に送り出すようなものだ。


目次

人は答えに疲れる。

「こうすべき」「こうあるべき」を積み重ねて生きてきた人が、ある日ふと気づく。自分が何を感じているのか、何を見たいのか、もうよくわからない、と。

問いを手放した、というより、問う前に答えが降りてくる場所に長くいすぎた。

そういう人に「目標は何ですか」と聞いても、心からの言葉は出てこない。出てくるとしても、それは本当の言葉じゃない。


だからコーチングは、まず座標を確かめることから始まる。

「今、何が見えていますか」

この問いは単純に見えて、深い。見えているものを言葉にしようとするとき、人は初めて自分の視点に気づく。自分がどこに立っていて、何を見ていて、何を見ていないかが、少しずつ輪郭を持ち始める。

一人でこれをやるのは難しい。問う他者がいることで、初めて動く。


コーチの問いは、暖かい。でも時に、核心を静かに突いてくる。

それは責めているのではない。「あなたはここにいる」という前提から来ている問いだから、どこか安心して受け取れる。受け取ったとき、自分の中で何かが動く。答えを探すのではなく、自分の声が聞こえてくる感覚。

問われることで、人は自分の存在に触れる。


そのとき、何かが起きる。

自分はここに、確かにいる——という実感。それだけで、何かが変わる。

次に来るのは、驚きだ。こんなエネルギーが、こんな強みが、自分の中にあったのか、と。

そしてその驚きは、静かに好奇心に変わる。もっとあるかな。もっとできるかな。もっと遠くへいけるのでは——。

気づけば、地平が広がっている。

このコーチとなら、別の場所で存在できる。そう感じたとき、旅は本当に始まる。


原動力は、探すものじゃないのかもしれない。

言葉を離れ、目標を離れ、ただそこに在るもの。それが本当の原動力だと、私は思っている。

「ただ私がここに在る」

その実感がある人は、決して弱らない。どんな状況に置かれても、自分の座標を知っている人は、動き続けることができる。

かくれた本音に出会う45分

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