——あの日、文房具屋のおばあさんから学んだこと
小学校の頃だからはっきりとは情景を覚えていないけど
(だから人づてに聞いた話かもしれないし自分の出来事だったか確信を持てないが)、
放課後、友達に付き合ってもらい文房具店に向かった。
家で使う糊を買うためだ。
店内を見回し棚から黄緑色のチューブタイプの糊を手に取ってレジに持っていくと、
店番の眼鏡のおばあさんはそれをそっと取り上げて、こう言った。
「紙と紙なら、ご飯粒でくっつくよ」
結局糊を買わずじまい。でも、それが腑に落ちてなぜか嬉しかった。
使わなかった金を握りしめて、そのまま細い路地の駄菓子屋へと走った。
あの日のことを、今でも思い出す。
あなたにも、いなかっただろうか。
求めていたものを渡すのではなく、本当に必要なことを教えてくれた大人が。損得より先に、目の前の子どものことを考えてくれた人が。
おばあさんは商売の機会を当たり前のように手放した。
その時は「変な、ちょっと頑固なおばあさん」としか思わなかったけど、
あの帰り道はどこか晴れやかだった。
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コーチングの仕事をしていると、あの日のことをよく思い出す。
クライアントが目先で「求めるもの」と、「本当に必要なもの」は、必ずしも同じではない。
表面で満足され続かないだろう行動を約束し、始まらない第一歩を応援することが、
その人のためになるとはどうしても思えない。
コーチの役割は、答えを教えることや提案することではない。
ただその人と無心に向きあい、しかしその人が良くなることをひたすら願い、
コーチが消えることも頭に入れて場を整えることだと思っている。
「目からうろこでした」と言っていただくことがある。
でも正直に言えば、私は何かを教えたわけではない。
隠し事を看破したわけではない。
もっとこの人のために何ができるだろうと、また考え始める。
セッションが終わっても、頭のどこかにその人がいる。
それはあの日のおばあさんが、糊を売ることよりも大切なものを見ていたのと、
どこかで似ているかもしれない。
今でも「欲しいものが必要なものだとは限らない」と、
折に触れて噛みしめている。
だからか、本当に必要なものはこれまで逃していない気がします。

おばあさんは、私ら子供たちに糊を売らなかった。
でも今も、私の中でコーチの一人であり続けている。
もし今、自分の中に答えがあるのかどうか、わからなくなっているなら。
どこへ向かえばいいのか、見えにくくなっているなら。
そういうときに、コーチングは力になれると思っています。
可能性も答えもあなたの中にあります。
それを一緒に見つけるのが、私の仕事です。
気になった方は、お気軽にご連絡ください。


